福津農園

・略歴
 1947年、新城市生まれ。静岡大農学部農芸化学科で応用微生物学を専攻。卒業後14年間、食品会社で研究開発に携わる。84年に帰農し、「福津農園」を運営。農薬・化学肥料などを使わず、微生物や草を上手に使って多品種の農産物を生産・販売する。豊橋有機農業の会会長や日本有機農業研究会幹事、新城市議も歴任。あいち有機農業推進ネットワーク代表、平成22年2月農林水産大臣賞を受賞。

・就農のきっかけ
 食問題、環境問題、生き方の問題を考えて、有機農業を選択

・有機農業歴
 1984年 Uターン帰農して以来、有機農業をしている。

・農地の場所、面積、環境等
 新城市南部の山間地。標高250m内外の南向き傾斜地。
 水田約30aのうち12a耕作。他は獣害多く転作ないしは休耕。畑約120a。果樹を主として野菜や豆類、野草も作る。小さい湧水や雨水による農耕作付、起伏に富んだ地理的特性を活かし、多品目少量生産している。中高度温暖帯の急傾斜地にあるので底冷えせず霜も少ない。

・栽培方法
 食の安全や環境の問題等に対応できず、経営的にも厳しい近代農業の反省に立って、有機農法を選択した。
 畑作では、野菜の不耕起直播き栽培や野草類でのリビングマルチの活用。
 果樹は多種混植し、育成中や落葉果樹のオープンスペースや樹下で野菜、野草を作る立体農法。
 水田稲作では、レンゲなどの草による耕起と肥沃化で、外からの肥料の持ち込みなし、かつ生物多様性豊か。
 9割あまりを国産飼料でまかなう平飼い有精卵養鶏。
 キノコ類多種。

・有機農業に対する思い
 25年前に脱サラし、Uターン帰農しました。食と農と環境への問題意識からひたすら有機農業に専心しました。山間の小農が自立でき、かつ急速に深刻度を増す地球環境の時代における社会的責任を果たせる営農をするために、従来の農業理論や有機農業の常識も再考する必要を感じました。
 「エネルギー生産業」という農業の原点に帰って、確たる視点を定めつつ、自然を先生に新時代の農を模索しました。
 工業的な近代農業は、自然会の生物、物理、化学的多様性の影響を取り除く排除の理論に基づいており、これが地球環境を悪化させる大きな原因ともなり、破綻の危機を迎えています。この反省に立つ有機農業は、多様な生物との共存を原則とする。故に、多様な環境因子が複雑に影響しあいつつバランスを保つ動的平衡関係を前提とする共存の論理に基づく農法、技術の開発が不可欠です。頼りになる先行理論がない現状では、見事な動的平衡を具現している自然の摂理(叡智)に学ぶしかないでしょう。
 福津農園の特徴は不耕起直播の野菜づくり、野菜や果樹の混植。農園内は常に緑で満たし、太陽光エネルギーを最大限、農に活用する。バイオマスの総合的利活用、等です。つまり一枚の落ち葉のようなバイオマス<生物資源>が持っている、エネルギーをはじめとする物理、化学、栄養学的特性を徹底的に利活用する。バイオマスが土に還る過程こそが、生物多様性を代表とする良好な農的環境を具現する基となるからです。堆肥にするのはもったいない。「落葉一枚の意識改革」が必要な時代です。
 福津農園はこのような思いを込めた農業の「論より証拠」としてのモデル農場を目標としています。まだ個々の農法、技術は不完全で幼稚な域を出ていないが、それでも条件不利といわれる山間地での小さい家族農業を自立させ、楽しく豊かな百姓暮らしを支えてきました。未熟な理論や農法、技術であるにもかかわらず、最近では年間延べ1000人余の人が、食、憩、学、調等いろんな目的で農園を訪れます。これが、気配りが行き渡る小さい有機循環農業が発揮する外部経済力の真髄です。

・販路等
 豊橋有機農業の会主催の有機朝市「いのちのいちば」で半分、宅配等各種独自システムで半分を直売。

・今後の展望
 今、有機農業だからこそ小さい自給自立の楽しくやりがいのある農業が可能です。特に近代農業においては条件不利といわれる中山間地こそ有機農業の適地であり、有機農業の振興こそが、地域の環境や社会問題解決の最有力手段となるでしょう。


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